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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)1452号 判決 1965年2月05日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人芦沢孝雄、同相磯まつ江、同渡辺良夫の上告理由第二点、第三点および上告人伏見市太郎、同村杉賢心、同山本高央、同仁科猛、同小栗正映、同赤平千代作の各上告理由について。

原判決は、被上告人会社の月掛生命保険の外勤職員たる上告人らが会社から受ける給与のうち勤務手当、交通費補助並びに給料、出勤手当、功労加俸および地区主任手当は、固定給であり、従つて、被上告人会社が上告人らのストライキを理由として行なつた右各項目の給与の削減は有効である、と判断した。そして、その説明によると、従来被上告人会社の外務員については、勤務上の拘束がなく、能率給一本建による給与体系がとられていたが、上告人らのごとき月掛生命保険の外勤職員は、保険契約の募集のほか継続的保険料の集金事務に従事し、その保険料は零細で、これが集金の回数も頻繁であるため、被上告人会社としてはその事務を常時掌握する必要があるところから、新たに、就業規則で、勤務時間を一日につき実働八時間(但し、全時間にわたる社内勤務が要求されているわけではない。)、遅刻、早退その他就業時間中勤務を離れる場合には所定の手続をふむべきことと定め、それに対応してこの種職員の所得の安定を図る必要が生じたので、固定的給与を加味した給与体系を採用するにいたつた。しかし、実際には、仕事の性質上、かかる就業規則の定めにもかかわらず、勤務時間を問題とせず、訪問先の都合によつては夕方ないし夜間に勧誘または集金を行ない、或いは日曜、祭日を選んでこれを行なうのが普通であり、かかる場合、時間外手当や休日、深夜の割増賃金等の支払はなく、また、給与の支払態様にしても、給与項目のうち純然たる能率給といわれている超過奨励金、集金奨励金、募集旅費および集金旅費は、いずれも募集、集金の成績に比例して毎月その金額が変動するのに反し、所論の勤務手当および交通費補助は、当該職員の資格や募集、集金の成績に関係なく、毎月一定額が支給され、給料、出勤手当、功労加俸および地区主任手当も、過去の成績によつて決定された資格を有する者のみに対し、過去の成績を考慮して算出された各資格によつて異なる金額が、所定の期間(給料および出勤手当にあつては三箇月間または四箇月間、功労加俸にあつては一箇年間、地区主任手当にあつては六箇月間)、その期間中における募集、集金の成果に関係なく支給される。しかし、他面、給料および出勤手当の受給資格たる係長、係長補、主任等の地位は、純然たる給与の級別に過ぎず、その職務の内容においては全く同一であるのみならず、それはまたすこぶる不安定なものであつて、過去三箇月間の成績が良好で一定の基準に達したときは四箇月目から、当然に、主任は係長補に、係長補は係長にそれぞれ昇格し、係長、係長補、主任の資格にある者でも、過去三箇月間または四箇月間の成績が一定の基準に達しないときは、四箇月目または五箇月目にはそれぞれ係長補、主任または主任補に格下げされることを建前とし、昇格、格下げの結果は、直ちに給料、出勤手当のみならず、功労加俸および地区主任手当とし受ける給与の額にも変動をきたし、主任補以下に格下げされた場合には、外勤職員の地位を失い、これに伴なう利益も消滅することとなつている、従つて、これら項目の給与は、固定給の形をとつているとはいえ、或る程度能率給に類似した性格をおびるものと認むべきであるが、もともと固定的給与を加味した給与体系を採用するにいたつたのは、単なる仕事の成果に応ずる能率給の実を挙げるためではなく、前叙のごとく、外勤職員の所得の安定、会社との関係の緊密化を図る目的に出たものであり、また、少なくとも三箇月間は仕事の成果に関係なく一定の金額が支給され、職員の資格の昇給、格下げということも、本件事案の程度では、勤務の質の向上または低下に伴なう昇給、減給と解して妨げないから、これら項目の給与は、職員の時間的継続的勤務に対する対価たる固定給と認むべきである、というのである。

しかし、ストライキによつて削減し得る意義における固定給とは、労働協約等に別段の定めがある場合等のほかは、拘束された勤務時間に応じて支払われる賃金としての性格を有するものであることを必要とし、単に支給金額が相当期間固定しているというだけでは足らず、また、もとより勤務した時間の長短にかかわらず完成された仕事の量に比例して支払わるべきものであつてはならないと解するのが相当である。

ところで、前記原審の確定した限りの事実関係の下においては、

所論諸項目の給与のうち、勤務手当および交通費補助は、労働の対価として支給されるものではなくして、職員に対する生活補助費の性質を有することが明らかであるから、これら項目の給与は、職員が勤務に服さなかつたからといつてその割合に応ずる金額を当然には削減し得るものでないと認むべきである。次に、給料、出勤手当、功労加俸および地区主任手当についていえば、被上告人会社における勤務時間拘束の制度は、主として業務管理の手段として設けられたものであつて、そこに右各項目の給与の額を決定する絶対的基準としての意味は見いだし難く、従つてまた、これが設けられたことに対応して固定的給与を加味した給与体系が採られるにいたつたということも、この種職員の所得の安定を図る趣旨に出たものというべきであり、しかも、右係長、係長補、主任等の資格が純然たる給与の級別に過ぎず、且つ、該資格の決定がその者の過去における仕事の成績によつて行なわれる以上、給与の額は、主として、仕事の成果によつて決定されるものであつて、それが一定の資格にとどまる間その期間中における募集、集金の成果と関係なく支給されるのは、過去において完成された仕事の量に対して支払わるべき報酬を給与の平均化を図る目的で右期間に分割して支給されるというほどの意味を有するに過ぎないものと認めるのが当然であり、また、右期間中の仕事の成果が次期の給与額に直接自動的に影響を及ぼすことも否定し得ないところである。それ故、右各項目の給与は、上告人らが勤務に服した時間の長短を基準として決定された面が全然ないとはいえないにしても、その実質は、むしろ、本件ストライキの行なわれた昭和三二年六月以前における上告人らの募集、集金の成果に比例して決定されたものであつて、純然たる能率給であるかどうかは格別、少なくとも、前記意義における固定給ではない、と認むべきである。もつとも、典型的な固定給の受給者と目されている一般労働者にあつても、日常の仕事の成績を考慮してその者の昇給、格下げが決定され、これに伴ない給与の増減が招来されることは疑いを容れないところであるが、この場合には、仕事の量によつて決定さるべき資格が給与そのものの級別ではなくして職務の内容に関するものであることを看過してはならないのであつて、単に仕事の成績が給与の額に影響を及ぼすの一事をもつて、右両者の間に存する給与決定上の本質的相違を無視することは許されないものといわなければならない。

しかるに、原審が、前叙のごとく、勤務時間拘束の制度が仕事の成果に応ずる能率給の実を挙げるために設けられたものではなく、また所論諸項目の給与が一定の資格にとどまる間その期間中における募集、集金の成果と関係なく支給されるものであるということにのみ着目し、本件事案の程度では資格の昇給、格下げも勤務の質の向上または低下に伴なう昇給、減給と解して妨げないとして、たやすく、所論諸項目の給与を固定給と認め、ひいては被上告人会社が上告人らのストライキを理由として行なつた賃金の削減を違法でないと判断したことは、法令の解釈適用を誤つたか、審理不尽の違法に陥つたものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、理由あるに帰し、原判決は、その余の上告理由について判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、本件につき、さらに審理を尽さしめる必要があるものと認め、これを原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

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